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カステラの歴史

日本渡来は室町時代

  • 15~16世紀 15~16世紀

    カステラの原型

    カステラの原型

    カステラは「スペインのカスチラ(castilla)王国のお菓子」という意味で、”カステラ”と呼ばれるようになったと言われています。また、カステラに似た菓子として、スペインのビスチョコ(biscocho)やポルトガルのパンデロー(pao-de-lo)があり、これらがカステラの原型となったと言われています。

  • 1540年 1540年

    カステラの渡来

    カステラの渡来

    カステラは、室町時代の末期、南蛮船により鉄砲やキリスト教とともに日本にもたらされました。南蛮渡来の品々は、織田信長や豊臣秀吉などに大いに歓迎され、テンプラ・タバコ・カボチャなど、今ではすっかり日本語になってしまった南蛮語が沢山あります。

  • 1590年 1590年

    秀吉カステラを食べる?

    秀吉カステラを食べる?

    豊臣秀吉は、長崎代官の村山等安からカステラを献上され、それを大いに喜んだとの説があります。それが本当なら秀吉もカステラを食べていたことになります。

  • 1600年 1600年

    出島と江戸時代

    出島と江戸時代

    江戸時代、海外貿易は長崎出島に限られていましたが、カステラは長崎で作られ続け、次第に今のような味・形になってきました。また、カステラは江戸でも作られ、江戸市民に親しまれていたようです。幕府が京都の勅旨を接待する際に、カステラが出されていたとの記録があります。

  • 1900年~ 1900年~

    文明開化一

    文明開化一

    明治時代に入り文明開化を迎えると、現在とほぼ同じカステラが作られるようになってきました。そして明治33年、中川安五郎が長崎丸山の地に『文明堂』を創業しました。

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    文明開化二

    文明開化二

    明治から大正時代、カステラは文学者たちにも大いにもてはやされるようになりました。西条八十、北原白秋、芥川龍之介、幸田露伴など多くの作家の作品にカステラが登場しています。

  • 1919年 1919年

    近代

    近代

    「カステラ1番、電話は2番、3時のおやつは文明堂」のフレーズとともに、長崎銘菓であったカステラは、全国へと急速に普及していきました。現在では、ご進物・おやつになくてはならない菓子となっています。

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